教育のアレコレ

鴨谷 真（かもたに まこと） 同志社大学商学部卒。神戸大学大学院人間発達環境学研究科　博士課程前期修了（学術修士）。 神戸大学大学教育推進機構ESD総合コーディネーター 熊蜂珈琲焙煎研究所所長 大学ではSDGsの前身である、ESD（持続可能な開発のための教育　ESD：Education for Sustainable Development）を教える傍ら、1998年よりフラッグフットボールの授業指導、教員への講習会等を行い、これまで300校以上の小学校・中学校で指導を行う。日本トップリーグ機構の講師のほか、フラッグフットボールの教育的価値にいち早く着目し、小学校体育科フラッグフットボール研究会を立ち上げる。 普段は循環型社会を目指し、古民家をDIYしながら自給自足の生活を目指している。

体育の授業というと、運動神経の良い子にとってはヒーローになれる活躍の場ですが、苦手な子にとっては苦痛な時間になる場合もありますよね。今回ご紹介するスポーツ「フラッグフットボール」は「速く走る」「パスを捕る」といった運動能力だけでなく「作戦」や「分析」で参加することができる新しいスポーツです。 先日開催した「みんなで探究＠東京」でも、ご参加いただいたお子さまにフラッグフットボールを体験いただきました。授業でも、遊びでも、競技でも誰もが活躍できる新しいスポーツ「フラッグフットボール」の教育的意義について元公益財団法人日本フラッグフットボール協会の鴨谷真さんにお話を伺いました。

<h2>「フラッグフットボール」とは？</h2>アメリカンフットボールを起源とするスポーツで、1990年代に日本にやってきました。 アメリカンフットボールの「タックル」の代わりに、腰につけた「フラッグ」を取ることから「フラッグフットボール」という名前になったそうです。 少人数、省スペースで安全に楽しむことができるように開発され、競技からレクリエーションまで幅広く親しまれています。 2011年度から学習指導要領に掲載され、ボール型ゲームとして多くの小学校で体育の授業として採用されています。 フラッグフットボールについての詳細は、<a href="https://japanflag.org/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">公益財団法人日本フラッグフットボール協会のホームページ</a>をご覧ください。 &nbsp;<h2>体育の授業の課題とフラッグフットボールが授業に採り入れられた理由 &nbsp;</h2>

フラッグフットボールが日本に紹介されたのは1998年ですが、実はアメリカの文献から1970年代にはすでにその教育的意義の高さに注目した研究会が日本でも開かれていたそうです。近年、日本でも学校体育の課題や問題点について、文科省を中心に関係機関で協議されてきました。小学校の体育の授業で、子どもたちにも人気のサッカーやバスケットの授業をすると、長い時間ゲームをやらせっぱなしにすることがどうしても多くなります。 そうすると、サッカーのクラブチームやミニバスのチームで練習している子たちが大活躍しますよね。さらに、その次に運動能力が高い子や、そのほかのスポーツをやっている子たちが中心となってゲームを進める展開になります。 そうなると、運動能力がそれほど高くない、もしくは運動が苦手な子たちは、まるでお客さんのように、ほぼ立ちっぱなしで右往左往している、というようなことが実際の授業の中で起きています。 これが果たして体育の授業として正しいのか。サッカーとかバスケットのような種目をさせるだけではなくて、何を学ぶためにそのスポーツを行うのか？体を動かすことや、能力が高い人の活躍ではなく、考える力を養うということも重要なのではないか、という議論が先生や文科省の間で起こったわけです。 そして、過去の文献をさかのぼった結果、スポーツに考える要素を採り入れるには、フラッグフットボールがあるじゃないかということになったのです。小学校の場合、担任の先生が体育を含めてほぼ全教科を教えますから、体育の時間は先生も子どもも、ある意味少し息抜き的な時間にもなります。全体8コマのうち、4コマくらいはサッカーやバスケットなど、ピーっと笛吹いて、試合をさせていれば、子どもたちは喜びますしね。 ただ、最後に成績をつける必要があるので、サッカーボールを蹴ってゴールに何回入ったとかで評価をつけることが続いていたんです。結果、体力や運動能力の差がそのまま反映される教科になってきたんですね。文科省もこれは良くないと思っていろいろ手を打っているんです。フラッグフットボールが日本に入ってきて、わずか10数年という、過去に例のない速さで指導要領に掲載された背景には、文科省がフラッグフットボールをしましょう、ということでなく、考えるスポーツの必要性を認識していたからです。<h2> 「考えるスポーツ」フラッグフットボールの特徴と重要性</h2>ーー確かに、小学校の体育の授業で、運動が苦手な子はすぐにコートから出て周りでおしゃべりしたり、砂遊びをしていたり、していましたよね。 今回、文科省の指導要領を読みましたが、ボリュームが多く、表現が難解に感じる部分もありました。 体育の指導要領も、細かくて。先生方はきちんと読んで理解されているのかなと思いました。

確かに、すべて理解できている教員は少ないかもしれません。でも、やはり先生たちもプロの教育者なので、僕たちが実際に学校へ行ってフラッグフットボールの授業支援をすると、子どもたちの目の輝きが変わることに、すぐに気づかれます。 今日もみんなで探究のフラッグフットボールのワークショップをご覧になって、気づかれたと思いますが、子どもたち、すごく喋っていましたでしょう？体育の時間で会話することって少ないんですが、これはいいことだって先生たちにもわかる。 フラッグフットボールが「考えるスポーツ」だと言われる理由が大きく2つあります。まずひとつは、運動能力がさほど必要ではないということ。 ボールを持って走ることさえできればいいので、鬼ごっこやかけっこの延長でできるわけです。しかも、運動の負荷がかからないほど、作戦が生きてくる。サッカーやバスケット・ソフトボールなどほかの球技の場合も、作戦はありますが、同時にボールを蹴ったりバットで打てなければ作戦も実行できない。でも、フラッグフットボールはボールを持って走るだけで、作戦が具現化できるのです。もうひとつは、ほかの球技はゲームがずっと流れる場合が多いですよね。前半後半とか決まった時間の中でプレイが続いている。仮説を立てて作戦を実行しても、長いゲームの結果が出てからしか修正や検証ができないんですよね。

でも、フラッグフットボールは1プレイごとに毎回止めて、考えた作戦の結果を検証します。相手がどう動いたか、ここはうまく行ったけれどこっちはうまくいかなかった、そういうことをみんなが話すんですよ。 それで、うまくいかなかったことを見直して、次はこうしよう。実際にやってみてまた考える。そういうPDCAサイクルをぐるぐる回していくスポーツなんです。<h2> 日本のスポーツ体育の始まりは「道」。今後は考える力を養うことが重要</h2>文科省が推進する「生きる力」というのは、「知・徳・体」のバランスのとれた力のことをいいます。 体育ってその「体」ではないのかって言われると思いますが、実は体育にも「知・徳・体」が必要だとおっしゃった先生がいました。フラッグフットボールの指導に尽力された、筑波大学名誉教授だった故高橋健夫先生です。

「体」は文字通り、体づくりです。「徳」は道徳の徳なんですが、試合をするときにはルールやフェアプレー精神、スポーツマンシップがありますよね。これが体育における「徳」です。 そして「知」を活かすという発想が日本の体育には抜けていた。どういうことかというと、もともと日本にはスポーツ・体育という概念が希薄だった。 日本におけるスポーツは「道」から始まっています。武道・柔道・剣道。 道を極めるために反復練習をして鍛錬する。そこから始まったので、高校野球がいい例で、かつては丸坊主にして1,000本ノックとか、巨人の星とか、いわゆる根性論や精神力頼みが当たり前でした。実際、それだけ鍛えて体で覚えると同じように鍛えた者同士がぶつかると鍛えた量が多い方が勝ってきましたしね。ところが、昨年、甲子園優勝で話題になった慶應高校のように、髪型も練習方法も生徒が自主的に考えて実行する学校が優勝する時代になりました。つまり、体育における「知」が重要だということです。指導要領もそのように更新されています。ーーこれまで小学校の体育は「前にならえ」から始まり、きちんと並んで行進したり。 そういう土壌に生まれた体育という授業では、「考える」ということはあまり必要とされなかったのでしょうね。これは、運動だけでなく、いわゆる生き方にも同じことが言えますよね。<h2> 思春期の男女の壁もはずしてしまうハイタッチコミュニケーション</h2>

年に1回、毎年5年生約800人にフラッグフットボールを教えに行く市があるんです。 子どもたちは毎回すごく楽しんで参加してくれて、そのあと授業でフラッグフットボールをやりたいと言って、体育をちゃんとできる子が増えています。フラッグフットボールには教育的意義もありますが、アメリカの文化といいますか、うまくいっても残念でもハイタッチをします。5年生にもなると、おませな女子たちは男子に触らない子もいます。ところが、人にはしたくなくても、自分が成功したときにハイタッチはちょっとして欲しい。笑　それを何回か繰り返していると、僕らともハイタッチをしなかった女子が3コマ、4コマ目の授業あたりからもう普通に男子とハイタッチをしている。先生たちはびっくりです。 また、ハイタッチってなぜかみんな笑いながらするんですよね。

思春期が始まった子どもたちに、男女協業させようとしてできなかったのに、フラッグフットボールの授業を3回やっただけで、壁が外れました、と。クラスの雰囲気が一変するらしいです。全体がコミュニケーションのとれる居場所に変わったと。 &nbsp;<h2>なぜフラッグフットボールがほかの球技よりも教育的価値が高いのか？</h2>小学校で教えるときは、これまでバスケットをやっていた体育の時間に、フラッグフットボールの授業を数時間差し込むパターンがあります。 フラッグフットボールを途中の4コマくらいやった後にバスケットの授業に戻るわけですが、そのときに、子どもたちが手をあげて「先生、作戦考えてもいい？」って言い出したと嬉しい報告がありました。作戦を考えることで、自分たちよりうまい子たちがいるチームに勝てるかもしれない、ということに気がついたわけです。

また、あるとき、先生を集めての研修会で、先生たちが「これまでに経験したスポーツに作戦が重要だと思う人は？」と聞いたら、バスケットをされていた先生が手をあげたので、「いつ重要だと気づいたのか？」聞きました。 すると、高校時代の部活や大学での活動を通して、重要さが理解できたということでした。小学生のときは作戦なんてわからなかったし、自身の経験として小学生に教えることも困難だと。でも、フラッグフットボールを通してだと、小学生でも作戦の立て方や重要性を理解できるようになるのです。 つまり、やらされているのではなく、自ら作戦を考えるというしくみを覚えると、フラッグフットボールだけでなく、すべてのスポーツに伝播することがわかります。

ーー今日のワークショップではボールは使わず、腰のフラッグを取るだけのしっぽとりゲームでしたが、みんないろいろな方向から作戦のアイデアを出していましたよね。 「チームは負けたけどフラッグを取ることが楽しかった」とか「作戦を立てるところが面白かった」という感想が出ていました。子どもたちが作戦を立てて次に繋げるには、ファシリテーターも重要です。各大学のアメリカンフットボール部の学生たちにもお願いし、僕たちが小学校へ行くときには一緒に行くことがあります。すると、なぜか子どもたちを教えに行った大学のアメフト部は、必ずと言って良いほど強くなるんです。支援に行けば行くほどリーグの順位が上がるというおもしろい事実があるんですよ。

どの大学も過酷な練習量はさほど変わらないのに、勝敗があり、順位がつくのはなぜか。 学生たちは、結局は、取り組み方とか理解力が必要だということを子どもたちから学びます。そしてこれはアメフトだけではなく、すべてのことに言えると気がつきます。結局、『教えることは教わること』なのです。僕も当初は競技の普及が目的だったんですが、小学校に行って教えている過程でフラッグフットボールには教育的意義があると気がつきました。そこで、フラッグフットボールを教える教員になろうと大学で再度勉強をして修士を取りました。 公益財団法人日本フラッグフットボール協会っていうのは競技普及団体ではなく、教育団体です。フラッグフットボールをあくまでも教育の一環としてのスポーツとして捉えているので、勝敗よりもロジックを伝えることを重視しているのです。<h2> 親の褒め方で子どもの伸びる可能性は高まる</h2>ーーSoda!Soda!の読者である小学生の保護者の方へ何かアドバイスはありますか？

そうですね。 子どもたちを伸ばしたいなら、頭ごなしに怒るより褒める方が効果的です。たとえば、子どもが約束の時間を過ぎても帰ってこないとき、心配し過ぎて怒りの感情が先に出てしまって、ついつい「こんな時間まで、何やっていたの！」と怒り口調になりませんか？すると子どもは何も言わず、自分の部屋に…というのがよくあるパターンですよね。実はこのときの怒りの感情は「二次感情」といって、最初に純粋に感じる「一次感情」の後に発生する、いわば加工された感情なのです。簡単に言うと本心ではない。この子をなんとかしたい、親としてはしっかり言い聞かせて、教育しなくては、いう思いは当然なのですが、加工された感情からは本意が伝わりにくいのです。 むしろ、帰って来たときの第一声が「何してたの！」ではなく、「ああ良かった。心配したよ」という本心からの言葉だと、子どもは「ああ、心配させて悪かったな」と気づくはずです。ご自身が思春期だったころのことを思い出してほしいです。 それから、褒め方には2種類あるということ。 男の子は承認欲求が強いので、「めちゃくちゃいいじゃん！」「良かったよ！」と言ってあげるともっと認められたくて、自分から頑張って伸びていきます。 反対に女の子は承認欲求を満たすことではなく共感が大切です。「うん、それはわかるよ。」「言っていること、わかるわかる」と言うと、さらにわかってもらおうと思って一生懸命に頑張る、という傾向があります。もちろんジェンダーレスなケースもあるので、一概にこうですよ、とは言い切れませんが、傾向と対策として、褒め方にも2種類あるので使い分けることで子どもたちは伸びますよ、ということをお伝えしたいです。 ただ褒めるだけだと子どもは『褒めてばっかり』と見透かすので、褒めた後に『ここをこうするともっと良くなるのでは？』と改善策をつけ足してあげることもおすすめします。<h2> フラッグフットボールは子どもたちの成長を促すアプローチが集約されたスポーツ</h2>

時代が大きく変わりつつあるいまの日本の教育にとって、自分の頭で考えるという習慣をつけることが最も大切だと思います。先生や指導者から言われたからなんでもやる、誰かがやっていたから自分もやる、のではなく、いろいろな状況下で自分で考えて判断をする能力が求められると思います。子どもたち自身に、いかに自分で考えて、その場で仮説を立てて実行し、修正を掛けて再度チャレンジするかを経験してもらう。 つまり「知・徳・体」すべてが揃った教育こそが、いまの日本に必要ではないかと考えます。 そういう面からも、フラッグフットボールはそれらが集約されたスポーツだと思います。

【参考】 ・公益財団法人日本フラッグフットボール協会 &nbsp; <a href="https://japanflag.org/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://japanflag.org/</a>・文部科学省　学習指導要領　生きる力&nbsp; <a href="https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/pamphlet/20080328/01-16.pdf" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/pamphlet/20080328/01-16.pdf</a>・文部科学省　学習指導要領 <a href="https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1384661.htm" target="_blank" rel="noopener noreferrer">https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1384661.htm</a>

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